祝WBC優勝 ☆ 原辰徳君との因縁

侍JAPAN、延長戦で韓国と5度目の対決を制し、みごとWBC優勝!連覇達成!よかった、よかった。

さて、侍JAPANの監督は、言わずもがな、原辰徳君。君?そう、わたし、同級生なんですね。同じチームになったことはありませんが、中学校時代から高校時代、けっこう対戦してます。高校3年の夏、高校球児としての最後の相手も原君が3番サードの東海大相模高校。0−9のスコアでしたが、そこそこの健闘といえるでしょう。この年、東海大相模は危なげなく優勝、5期連続での甲子園行きを決めましたが、決勝は19−0でしたから・・・。
それはいいとして、私は今でも原君に感謝しています。というのも、この年から、神奈川新聞が県予選、全試合の記録を掲載、写真も満載した「高校野球神奈川グラフ」を出すようになったのです。今も毎年発刊されていますが、おそらく、全国で最初の刊行、原人気のお陰に他なりません。たいへんいい思い出ができました。


表紙はもちろん原君(スキャナが小さいので上半分のみ)



キャッチャーは私です。


私が大学1年生のとき、北海道大学野球連盟が東海大学を招待し、東海大vs北大のカードが実現しました。試合前、メンバー表で私の名前を見つけた原貢監督(辰徳君のお父さんね)が当方のベンチにのしのしとやって来て、私をご指名。何をしゃべったか今となっては定かではありませんが、私の株は急上昇。コーチやチームメイトの私を見る目が明らかに変わりました。原君ともグラウンド整備をしながら「久しぶり」とか何とか言葉を交わしました。

原君には今でもお世話になってます。
「まあ、知名度は負けるけど、実力は俺の方が上だったよ。彼は原、俺は上原だからね。チャンチャン( ^◇^)ゞドモ♪